わたしにとっての「不可能作戦」――『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』のこと。

 

『ミッション:インポッシブル』シリーズの、イーサン・ハント(トム・クルーズ)にミッションが伝えられるシーンが苦手だ。


嫌いなのではない。頭に入ってこないのだ。


『ミッション:インポッシブル』では、毎度、さまざまな趣向を凝らしたガジェットを通してミッションが伝えられるけれど、それがあまりに興味深いので、その視覚的な面白さに目がいってしまって、耳の方がおろそかになる。
それでなくてもこの場面は、ミッションが言葉で伝えられるだけだから、英語のリスニング能力のないわたしにここで課されているのは「映画を観る」ことではなくて「字幕を読むこと」なのだ。
しかし映画の方は、ここがそういう「説明のための説明」の場面であることを承知しているから、ガジェットのギミックでわたしたち観客の気を惹こうとする。


つまり、端から無理筋なのだ、わたしが一発で『ミッション:インポッシブル』のミッションを理解するのは。


自宅でDVDや動画配信で観ているときはまだいい。うっかり画面に見とれてレコード・プレイヤーやホログラム、公衆電話やテープレコーダー(※この例そのものもうろ覚え)といった、様々な方法で凄腕エージェント、イーサン・ハントに伝えられる作戦の内容を把握できなくても、何回も巻き戻して読み返すことができる。劇場となるとそうはいかない。しかし、ここを逃すと先のストーリーの理解に影響するのだ。
ということはわかっていたはずだけれど、やっぱり今回もわたしは迂闊だった。


だからわたしがどんなに偉そうに、気の利いたことを書いているように見えたとしても、わたしはそもそも、イーサン・ハントに伝えられたミッションを、なんとなくしか理解していないのだった。

 

(と、偉そうに書くことではありませんね。)

 

そんなわたしが書いた、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』の感想がこちらです。

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